英雄伝説と大英帝国金貨の誕生秘話!

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イギリスの守護神としても知られる聖ジョージの歴史と黄金伝説をはじめ、

コインのデザインに用いられるまでの知られざる歴史をご紹介します!

伝説『聖ジョージとドラゴン』を知っていますか。

「聖ジョージとドラゴン」はローマ時代から広く戦利の英雄伝説として親しまれ、

その伝説をモチーフにしたデザインは富の象徴として広くヨーロッパの国々で

コインやレリーフに用いられてきました。盛期ルネサンスの三大巨匠といわれているラファエロも

『聖ジョージとドラゴン』を題材とした絵画を描いています。

聖ジョージの誕生地はパレスチアのリュッダあるいは、東アジアの小国カッパドキアという説があります。

3世紀後半、聖ジョージはキリスト教徒の家庭に産まれゲオルギウスと名づけられます。

彼の父親はローマ軍人だったため、ゲオルギウスもローマ軍人となり出世の道を辿ります。

302年にディオクレティアヌス皇帝がキリスト教徒の迫害を始めると、ゲオルギウスは

その迫害行為に反対し、殉教しました。

また、ゲオルギウスは最初の十字軍戦士の一人とされ、彼の英雄伝を語る上で

『聖ジョージとドラゴン』の話は外せませんので、この伝説のあらすじを簡単にご紹介します。

昔々、リビアのとある村に悪行絶えない竜がおり、竜への生贄とされた王女の目の前に現れた

戦士ゲオルギウスは、十字をきり、槍と剣で竜を退治して王女を助けたのです。

そして彼の勇敢な竜退治により、異教徒であった村人たちはゲオルギウスに習って

キリスト教徒へ改宗したと言われています。以降ヨーロッパの人たちの間で、黄金伝説として語り注がれ、

いつしかイギリスの守護聖となりました。

一人のイタリア人宝飾彫刻家の活躍

時は移り、1817年の夏の終わり、イギリスで『聖ジョージとドラゴン』の英雄伝説をモチーフにした

金貨が発行されました。その金貨の誕生に大きく貢献したのが、一人のイタリア人宝飾彫刻家ベネディット・ピストリッチです。

1815年、一人のイタリア人宝飾彫刻家ベネディット・ピストリッチが英国王立造幣局に就職します。

その頃、英国王立造幣局は貨幣に用いるデザイン画のアイデアを模索中で、黄金期の芸術品からヒントを得ようとしていました。

ピストリッチは伝統的な紋章を用いた過去の金貨を資料として集め、その内の一つの金貨に目を留めます。

それは、スコットランドの詩人トーマス・ブルースが1800年初頭にイギリスに持ち込んだ美しい金貨でした。

その金貨には、古代ギリシャ・アテネのパルテノン神殿の諸彫刻が施されていたのです。

また、パルテノン神殿のオリジナル装飾には、400人の大衆と20匹の動物による大パレードが描かれており、

パレードを率いる馬に乗った戦士の姿は威厳を放っていました。

 ピストリッチはイギリスの守護聖でもある聖ジョージの黄金伝説『聖ジョージとドラゴン』を

新しく発行される金貨のデザインに用いることに決めたのです。

発行された金貨には、英国の守護聖ジョージが馬にまたがり、足元には暴れる竜を伏せさせた図が描かれており、

黄金に色に輝く金貨により荘厳な美しさを放つものとなりました。

 

黄金の金貨が変えた芸術的貨幣価値

この金貨のデザインをきっかけに、1800年以降イギリス貨幣のデザインが

より芸術的なものへ劇的に変わることになったのです。

力強い裸体で馬に乗り、竜に負傷を与える聖ジョージの姿は主君を表し、

古代ギリシャのパンテノン神殿に描かれた裸体の勇者にも劣りません。

この芸術的な価値をも高めた金貨は、1955年ハンフリー・サザーランド著書の中で

「最も高貴な技術革新を与えた貨幣の一つ」としても紹介されています。

現代では、アンテークコインコレクターはもちろん、芸術家や歴史研究者の間で

『聖ジョージとドラゴン』が描かれた1ポンド金貨は珍重され愛される存在となっているのです。

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